マイル戦で世界の競馬を語ろう!!~安田記念の過去を振り返る~

競馬 G1 過去

近年、マイル戦で活躍する馬の評価が相対的に上がっています。

短距離戦に必要とされるスピードだけではなく、ある程度のスタミナもないと勝ち負けは難しいからです。

マイル戦のG1レースである安田記念の過去を振り返ることで探ってみたいと思います。

1:真の名馬はマイル戦から誕生する?!

安田記念の勝ち馬を振り返ると、中距離戦のG1でも勝利していたり、引退後に種牡馬として活躍する馬の名前も登場します。

本当の名馬は、安田記念のようなマイル戦から生まれるのかもしれません。

そんな名馬たちを紹介します。

1-1:あの名馬と名手が初のタッグ!!~1990年優勝馬オグリキャップ~

現在まで続く競馬人気の礎を築いたスターホース、オグリキャップ。

そのオグリキャップと名コンビと呼ばれたジョッキーというと、誰もが武豊騎手を思い浮かべるでしょう。

多くの人が涙した、引退レースとなった有馬記念での勝利を語る上で、武豊騎手の存在は欠かせません。

しかし、オグリキャップの生涯成績を調べると、武豊騎手はオグリキャップにわずか2回して騎乗していません。

あの有馬記念以外で、武豊騎手がオグリキャップの手綱を取ったのが、この安田記念でした。

初めての名コンビは、いきなり結果を残してファンを驚かせます。

残り400メートルのハロン棒付近で先頭に躍り出たオグリキャップは、2着以下に2馬身差をつけて、危なけない勝ちっぷりを見せたのですが、多くのファンは走破タイムに驚きます。

1分32秒4という勝ちタイムは、当時のコースレコードを更新するものだったのです。

名手が手綱を取ったから、という理由もあったのかもしれません。

それでも、このコンビが再結成されるのが、あの有馬記念だったのですから、もし武豊騎手が乗り続けていたら、オグリキャップの伝説はもっと違うものになっていた可能性はありそうです。

1-2:ダービー馬が1年ぶりの勝利!!~2008年優勝馬ウオッカ~

ウオッカと言えば、牝馬としては64年ぶりに勝利した、2007年の日本ダービーを思い出す人は多いでしょう。

しかし、ダービー馬となった後のウオッカは、順風満帆とは言えないレースが続いていました。

宝塚記念・8着、秋華賞・3着、エリザベス女王杯・出走取消、ジャパンカップ・4着、有馬記念・11着、年が変わって京都記念・6着、ドバイデューティーフリー・4着、ヴィクトリアマイル・2着と、勝ち星に見放されてしまったのです。

それでも、ダービー馬がこのまま終わる筈がありません。

岩田康誠騎手との初コンビで挑んだ安田記念で、ウオッカは内ラチ沿いから鋭く馬群を抜け出し、2着以下に3馬身1/2差をつけて快勝。

この勝利が前年の日本ダービー以来となる勝利でした。

牡馬を相手にダービー馬の称号を手にしたその実力が本物であったことを、マイルのG1で証明した瞬間となりました。

1-3:2013年優勝馬ロードカナロアの距離適性は果たして?

1番人気と言っても、その単勝オッズは4.0倍。

多くの競馬ファンは、実力を認めつつも、ロードカナロアに不安を感じていました。

前年のスプリンターズと香港スプリント、そしてこの年の高松宮記念と、6ハロン戦のG1を3つも勝っているのですから、弱い筈はありません。

しかし、ロードカナロアがマイル戦を走るのは、デビュー2戦目の中山・ジュニアカップ以来なのです。

そのジュニアカップでは2着に敗れていました。

もしかして、マイル戦では距離が長過ぎるのではないか?

そんな声が穴党のファンを中心に挙がっていたのです。

この年の安田記念は、ロードカナロアの距離適性が大きなポイントとなったレースでした。

そして、ロードカナロアの距離適性に疑問を抱いた評論家やファンは、その見る目のなさを反省するレースになったのです。

ロードカナロアは、2着のショウナンマイティ以下をクビ差で振り切り、4つ目のG1勝ちを果たします。

マイル戦でも、ロードカナロアに全く不安はありませんでした。

この年の秋も、ロードカナロアはスプリンターズSと香港スプリントを連勝。

その後は引退して種牡馬となりました。

産駒に、サートゥルナーリアやアーモンドアイなど、中距離のG1勝ち馬が出ていることから考えると、ロードカナロアは現役時代にもっと長い距離のG1レースに出走しても勝ち星を挙げることができたのかもしれません。

もちろん、勝負事に禁物な、タラレバの話でしかありませんが。

2:ジャパンカップに続いて国際競走となった安田記念

安田記念は1993年に国際競走となりました。

ジャパンカップと同様、外国馬が出走可能なG1レースとなったのです。

来日する外国馬の存在が、安田記念というレースを面白いものにした年もありました。

国際競走であることを意識させられた安田記念を紹介しましょう。

2-1:海外からの強敵を蹴散らした1994年優勝馬ノースフライト

安田記念が国際競走となった翌年、以前から安田記念のステップレースだった京王杯スプリングカップも外国馬が出走可能なG2戦となります。

その前哨戦、京王杯スプリングカップで大変なことが起きたのです。

1着から4着までを来日した外国馬が独占してしまったのです。

国際競走となって2年目に、マイル戦線を主戦場とする日本馬たちは強敵を相手に戦わなければならない事態となりました。

この安田記念に出走した外国馬5頭のうち4頭は、京王杯スプリングカップの上位を独占した馬たちです。

東京競馬場の馬場を既に経験し、適性があることもはっきりしていました。

しかし、そんな強敵を全く問題としない日本の牝馬がいました。

前年のエリザベス女王杯で2着に入り、その後は阪神牝馬S、京都牝馬S、マイラーズカップと重賞3連勝中だったノースフライトは、この安田記念で強い外国馬たちも加わって叩き合う馬群を残り200メートル付近で抜け出し、そのまま先頭でゴールします。

そして外から追い込んできたトーワダーリンが2着に入り、上位を外国馬に独占された京王杯スプリングカップとは異なり、日本馬2頭によるワン・ツー決着となったのです。

強力な海外勢を蹴散らしたノースフライトの勝ちっぷりは、日本のホースマンたちに勇気を与える結果となりました。

それまでは「外国馬にG1レースの出走枠を開放する」というと、戦々恐々としていた日本の競馬関係者たちも、こうした外国勢を恐れることはなくなりました。

そして、外国馬の出走枠は、他のG1レースでも開放されるようになったのです。

2-2:あの「ゴドルフィンブルー」が日本でG1勝利!!~1995年優勝馬ハートレイク~

しかし、安田記念は国際競走3年目のこの年、ついに外国馬が勝ち星を挙げることになります。

来日して、前走の京王杯スプリングカップを一叩きされた(5着)ハートレイクが、外国馬としては初めての安田記念を制覇します。

鞍上は京王杯スプリングカップに引き続き、日本の武豊騎手が務めましたが、その武豊騎手は見慣れないブルーの勝負服でハートレイクの手綱を取っていたのです。

ブルーの勝負服と言えば、UAE・ドバイの王族たちが作った競走馬管理団体であるゴドルフィンのものとして、海外競馬に詳しいファンの間で当時から知られていました。

そのゴドルフィンの勝負服に、日本のジョッキーが袖を通す時代となり、その人馬が日本のG1レースを勝利する。

日本の競馬が新たな時代に入った、ことを意味する安田記念だった、と言えるかもしれません。

一方で、ゴールの瞬間、馬場に飛び出し、芝コースの上で大の字になって、その喜びを表現する、ハートレイクのスタッフもいました。

どんな大物のオーナーや厩舎スタッフでも、レースを勝つ喜びは一緒であることを再認識した安田記念でもあったのです。

2-3:海外勢がワン・ツー!!~2000年優勝馬フェアリーキングプローン~

この年の安田記念は当初、世界的な名手であるランフランコ・デットーリ騎手が来日し、ゴドルフィン所有のディクタットに騎乗する、ということで話題となっていました。

しかし、来日直前のランフランコ・デットーリ騎手にアクシデントが襲います。

飛行機事故に遭ってしまったのです。

生命に関わる事故ではなかったものの、来日して騎乗できる状態ではありません。

直前の出来事であった為、前日の競馬専門紙が刷り上がる時間まで代わりに騎乗する騎手の発表が間に合わず、多くの専門紙は前日の段階でディクタットの鞍上が「未定」となっていたり、その欄を空欄のままとしていたりと、大混乱に陥っていたのです。

代役となり、緊急来日したのは、ダラ・オドノヒュー騎手でした。

同騎手について、「ゴドルフィンのスーパーサブ」などという紹介があり、日本の競馬ファンの多くは、海外競馬について新たな知識を共有することになります。

そしてレースは、そのディクタットをゴール手前で交わした香港のフェアリーキングプローンが勝利。

海外勢のアクシデントに伴う混乱の中で行われた、この年の安田記念は、その海外勢によるワン・ツー決着となり、海外勢の奥深さを知ることになったのです。

国際競走であることを、これほどまで意識させられた安田記念は最初で最後と言っても過言ではないでしょう。

3:春の東京競馬場G1シリーズを締めくくる安田記念

現在、安田記念は日本ダービーの翌週、6月上旬に組まれています。

舞台となる東京競馬場はこの時期は、NHKマイルカップ、ヴィクトリアマイル、オークス、日本ダービーと、毎週末にG1レースが組まれており、この安田記念を最終戦とする、春の東京競馬場G1シリーズは、競馬ファンの間でも定着するものとなっています。

その安田記念で、近年見られる傾向について、まとめてみたいと思います。

3-1:高速決着は安田記念でも

この5週続くG1シリーズですが、マイル戦のG1は3レース組まれていますが、このG1シリーズにおける勝ちタイムの速さに注目が集まっています。

1分30秒台、1分31秒台での決着が当たり前になりつつあるのです。

安田記念は、NHKマイルカップやヴィクトリアマイルよりも芝コースが使い込まれ、やや荒れた馬場になっていることが多いのですが、それでも2020年に優勝したグランアレグリアは1分31秒6、2021年のダノンキングリーは1分31秒7で走っており、高速レースであることに変わりはありません。

雨で道悪にならない限り、高速決着になるという前提で、馬券検討をすべきレースと言えそうです。

3-2:近年は1番人気馬が苦戦

2013年のロードカナロア、2014年のジャスタウェイ、2015年のモーリスと、1番人気馬が3年連続で勝利したこともある安田記念ですが、このモーリスの勝利を最後に、1番人気で安田記念を勝った馬は出ていません。

その後の1番人気馬ですが、2016年のモーリスは2着、2017年のイスラボニータは8着、2018年のスワーヴリチャードは3着、2019年のアーモンドアイは3着、2020年のアーモンドアイは2着、そして2020年のグランアレグリアも2着という結果に終わっています。

あのアーモンドアイが2年続けて1番人気に支持されながら、敗れているのです。

G1レースの中でも、1番人気の信頼性が高くないレースと言えるかもしれません。

まとめ

「競馬に絶対はない」と昔からよく言われますが、安田記念はその格言を再認識させられるレースと言えるかもしれません。

馬券を買う立場としては、国際競走であるが故の難しさもあり、高速決着であるが故の難しさもあるレースです。

しかし、難しいからこそ、この安田記念は面白いレースと言えるかもしれません。

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